2015年04月26日

催眠術

白ロシアの友人がFBにメルジャーノフ教授の若かれし頃の動画をシェアしてくれたおかげで、教授のその昔の演奏を初めて観ることができました。ラフマニノフの「楽興の時」作品16-4は録音は聴いたことがありましたし、レッスンも受けていましたけど、全曲を通して演奏を観るのは初めて!この動画は、かつて、初めての講習会で教授のエコノミックな動きで生まれる深い音楽にショックを受けた日の感動を如実に思い起してくれました。
そして今日、彼のこういった演奏を間近に聴き、演奏している姿を観ていた時代、私の演奏は大きく進歩した理由がはっきりとわかりました。彼は私にとっての催眠術者だったのです!
彼の演奏は文句なしに私の潜在意識に浸透し、彼が語る言葉はそれが簡単な言葉であっても特別な響きと力をもって私の心に入り込みました。言葉でメモすると当たり前のことで特別性を感じないことでも、彼が語るとその言葉の背後には計り知れない力が隠れていました。これが彼の秘密であり、彼にしかできない教授法だったのです。
伝統という言葉を嫌う人は多いかもしれませんが、人間は無意識に何かを受け継いでいるもの。どこかで見たもの、どこかで聞いたものに左右されるのが人間。とすると自分と馬の合う師に巡り会うとは、実に有難いことであり、恩恵そのものです。巡り会わせとは摩訶不思議なものであり、偉大なものだと痛感しています。




posted by 英代&フレンズ at 08:29| メルジャーノフ

2015年04月18日

母の死

靖子葬儀写真.JPG
4月3日、母が亡くなりました。
ちょうどキリスト受難の金曜日で、日本から連絡が入ったのは、ドイツ時間で正午近くでした。
日本時間とは言え、母が天に召されたのは14時47分。
イエスが十字架上で「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」と最後の言葉を口にされたのが15時頃と言いますから、何と凄い時間に亡くなったものだと驚きを隠せませんでした。
葬儀は復活祭二日目の月曜日。これも物凄い偶然です。
私は、幸い翌日の航空券が取れてお通夜にも葬儀にも参列できました。

母は昨年11月に肺に水が溜まって倒れ、それ以来、話すことも食事をすることもできなくなりました。私の白寿ホールでのリサイタル直前に「危篤」との連絡が入って慌てましたが、それから持ち直して桜が咲く時期まで頑張ってくれました。
2月までは毎月4〜5日、母を見舞い、手や足をさすりながら、朝に夕に一緒に過ごしたものでした。
時には、子供の頃一緒に歌っていた歌を口ずさんだり、話せなくても意識のはっきりしている母に思い出話をしたり... ドイツに留学して以来、結局ヨーロッパに留まってしまった私にせめてもの親孝行をさせて戴いた貴重な時間。それは与えられた最後の母との幸せな時間でした。
やせ細っていましたが、手をさすりながら思いました。その手こそ、私にピアノの手ほどきをしてくれた手だったのです。

2月、病室を出るときのことです。いつもなら私との別れのときはすねて私を見てもくれない母が笑みを浮かべて手を振ってくれました。「まさか...」その時良からぬ予感がしたのですが、やはりこれが最後となりました。
2月28日、演奏旅行からベルリンの自宅に戻ったとき、何故か母死亡の連絡が入っているのではないかと胸騒ぎがして留守電を聞きました。後で聞きましたが、それが、母が高熱を出した日だったそうです...

亡くなった母は、それまでの過酷な闘病生活とは打って変わって、実に幸せそうな綺麗な笑みを浮かべていました。解放されて、美しい花園の天国に昇って行けたのだと思います。
母の棺.JPG
今日4月17日は私の誕生日。母に感謝する日です。
電話で声は聴けなくなって久しいですが、今は、どこにいてもすぐ傍にいてくれる気がしています。


posted by 英代&フレンズ at 05:56| 日記