2014年12月23日

フェインベルクの和声感

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(左)メルジャーノフ、(右)フェインベルク

メルジャーノフ教授の恩師であったサムイル・フェインベルクが、いかに稀に見るピアニストであったか、それは知れば知るほど驚愕せずにはいられません。フェインベルクの演奏の大きな特異性のひとつに、彼独特の和声感があります。その魅力を何に喩えればよいのか!
彼の演奏を初めて聴いたのは、東西の壁が崩壊して2年半後のモスクワで、バッハのトッカータハ短調のレコードでした。こんなバッハがあるのか!とビックリ仰天したものです。これについては、当時、ムジカノーヴァに連載していた「ファンタジーは限りなく」に、「幾つ耳があるのかわからないような演奏」としたためたのを覚えています。単音のメロディーからすら浮かび上がる和声の美しさ。それはすべてがロジックに演奏されていますが、これを「ロマンティックな演奏」と批判する人々のために、この種のバッハはこの世から姿を消しました。しかし、このような批判をする人々の中には、必ずしも音楽の勉強を深く積んでいない人もいたであろうことを考えると、このまま良いものが廃れていってよいのか疑問に思います。

若かれし頃のリヒテルを「アスレチック・ピアニスト」と称したフェインベルクは、後年リヒテルから「フェインベルクはバッハをスクリャービンのように弾く」と批判されました。時代は変わり、世界のヒーローとなったリヒテルの言葉は拡散され、リヒテルの言葉を盲目的に受け入れる人も増える中で、フェインベルクのバッハはますます追いやられていきました。

人間は無意識のうちに幼いころから耳にしてきたものを基準に物事を判断してしまう習慣があるのかもしれません。現代にはリヒテルの演奏で育った方々も多いでしょうから、そちらが正しいとする考えを持つ世代が増えていることはやむを得ないでしょう。しかし、このことから、人間の価値観というものの曖昧さが見えてきます。所詮、価値観とは自分の狭い経験や周囲の人々の考えに依存しているに過ぎないのではないか... こんなとき、ハンナ・アーレントの主張するように、自分で考える力を身につける努力は怠ってはならないと感じざるを得ません。

謙虚の権化のような存在であったフェインベルクは自分を売り出すための努力など決してしませんでしたから、彼に関する資料で後世に残されたものは限られています。メルジャーノフ教授の生涯は、この恩師を広めることに費やされました。メルジャーノフ教授の命を奪うきっかけとなったのは、2年前のフェインベルク・メモリアル・コンサート。このコンサートのリハーサルに、隙間風の吹く中長時間にわたって立ち会った彼は、肺炎を患って帰らぬ人になってしまったのです。しかし、彼は最後の最後まで恩師に尽くす恩恵に与ったのでした。

今日はフェインベルクの演奏するバッハのトッカータハ短調とスクリャービンのソナタ第2番をご紹介します。
彼のバッハが単なる気分から生まれ出た思い付きによってロマンティックにコーディネートされた類の演奏ではないことは歴然としています。
彼の得意としたレパートリーのスクリャービンですが、この2番のソナタでは、謎に満ちた第1楽章の第1主題の性格が見事に描写され、諦念感が心に痛く響きます。そして第2主題に散りばめられた色彩が織りなす幻想の世界は天上の響きのように聴こえ、まるで愛の光が降り注いでいるかのようです。



posted by 英代&フレンズ at 03:46| フェインベルク